クリニックのBCP作成は、災害時の避難マニュアルを作るだけでは不十分です。
地震や水害、感染症の流行、停電、断水、電子カルテ停止、サイバー攻撃などが起きたときに、どの診療を続け、どの業務を一時的に止め、誰が判断するのかを事前に決めておく必要があります。
特にクリニックは、大病院に比べてスタッフ数や設備、備蓄、代替要員に限りがあります。
非常時にすべての業務を通常どおり続けることは難しいため、優先する診療、連絡体制、電子カルテ停止時の紙運用、地域連携まで含めて、現場で使えるBCPを整えることが重要です。
この記事では、クリニックにBCP作成が必要な理由、作成時に決めるべき項目、作成後に実際に使える計画にするための訓練・見直しのポイントを解説します。
クリニックにBCP作成が必要な理由
クリニックにBCP作成が必要な理由は、災害や緊急事態が起きたときでも、地域の患者に必要な診療をできる限り止めないためです。
BCPとは、地震や水害、感染症、停電、断水、電子カルテ停止、サイバー攻撃などが起きた場合に、どの業務を優先して続け、どの業務を一時的に縮小・中止し、どの順番で復旧するのかを決めておく計画です。
厚生労働省のBCP策定研修資料でも、BCPは「方針」「想定」「計画」「対策」の流れで作成し、想定される被害に対して、いつから、どの業務を、どの程度の水準で実施するのかを整理するものとされています。
つまり、BCP作成で大切なのは、立派な文書を作ることではなく、非常時に迷わず動ける状態を平常時から整えておくことです。
BCPと災害マニュアルの違い
クリニックでは、防災マニュアルや避難手順をすでに用意している場合もあります。しかし、BCPはそれらと同じものではありません。
災害マニュアルが「発災直後にどう動くか」を中心にするのに対し、BCPは「診療をどう続けるか」「どの業務を優先するか」「どの状態まで回復させるか」まで考えます。
| 項目 | 災害マニュアル | BCP |
|---|---|---|
| 主な目的 | 安全確保・避難・初動対応 | 診療継続・早期復旧・地域医療の維持 |
| 考える範囲 | 発災直後の行動 | 平常時の備え、発災時の対応、復旧まで |
| 中心になる内容 | 避難経路、安否確認、初期対応 | 優先業務、診療縮小、代替手段、連携先、復旧手順 |
| クリニックでの例 | 患者を安全な場所へ誘導する | 電子カルテ停止時に紙運用で診療を続ける |
防災マニュアルが不要ということではありません。
BCPの中に防災マニュアル、感染対策マニュアル、電子カルテ停止時の手順などを組み込み、非常時に一体的に使える形にすることが大切です。
クリニックでは「すべてを続ける」より優先順位が重要
クリニックは大病院と比べて、職員数や設備、備蓄、代替要員に限りがあります。
院長が出勤できない、看護師や受付スタッフが不足する、電子カルテが使えない、検査機器が動かない、医薬品や衛生材料が届かないといった状況になると、通常どおりの診療を続けることは難しくなります。
そのため、クリニックのBCPでは、すべての業務を守るのではなく、優先する診療を決めておくことが重要です。
- 慢性疾患患者への継続処方
- 発熱患者や急性症状のある患者への対応
- 在宅患者への連絡・訪問診療の継続判断
- 急変時の一次対応と搬送先への連絡
- 医療的ケアが必要な患者への支援
- 薬局や近隣病院への紹介・連携
一方で、健康診断、緊急性の低い検査、院内イベント、症状が安定している患者の定期受診の一部などは、非常時に延期を検討しやすい業務です。
平常時のうちに「続ける業務」と「止める業務」を分けておくことで、少人数でも混乱を抑えながら対応しやすくなります。
自然災害だけでなくシステム障害も想定する
BCP作成では、自然災害だけを想定していては不十分です。
近年は電子カルテ、予約システム、レセコン、オンライン資格確認、キャッシュレス決済など、日常診療の多くがシステムに依存しています。
そのため、建物が無事でも、システムが止まれば診療が大きく制限される可能性があります。
| リスク | 起こりうる影響 | BCPで考えること |
|---|---|---|
| 地震 | 建物損傷、停電、断水、スタッフ出勤困難 | 診療可否の判断、患者誘導、休診基準 |
| 水害・台風 | 浸水、交通停止、機器や書類の被害 | 診療時間短縮、機器移動、予約患者への連絡 |
| 感染症流行 | スタッフ欠勤、発熱患者増加、院内感染リスク | 診療動線、時間分離、優先患者の整理 |
| 停電・断水 | 検査機器停止、空調停止、衛生管理の低下 | 非常電源、診療縮小、水の備蓄 |
| 電子カルテ停止 | 診療記録、処方、会計、請求業務に支障 | 紙カルテ運用、復旧後入力、ベンダー連絡 |
| サイバー攻撃 | 電子カルテ暗号化、ネットワーク停止、情報漏えいリスク | バックアップ、初動連絡、代替診療手順 |
クリニックでも、電子カルテが使えないと受付、診察、処方、会計、レセプト業務に大きな影響が出ます。
地域医療の中で自院の役割を整理する
クリニックは、地域医療の一部として動いています。
自院だけで完結できない場面では、近隣病院、医師会、薬局、訪問看護ステーション、介護事業所、保健所、自治体などとの連携が必要です。
クリニックでも、紹介先、代替診療先、薬剤供給先、在宅患者の支援先を事前に確認しておくことで、患者への案内がスムーズになります。
また、BCP作成は制度対応という面でも重要です。
診療報酬改定や施設基準との関係に触れた情報もあるため、実際に対応する際は、厚生労働省、地方厚生局、医師会、自治体などの最新情報を確認することが大切です。
クリニックのBCP作成で決めるべき項目
クリニックのBCP作成では、最初から完成度の高い計画書を作ろうとするよりも、非常時に現場で使う項目から順番に決めていくことが大切です。
難しい表現を並べるよりも、「何が起きたら」「誰が判断し」「どの診療を続け」「どの業務を止めるのか」がわかる内容にする必要があります。
厚生労働省のBCP策定研修資料では、BCP作成は「方針を立てる」「想定する」「計画する」「対策を講ずる」という流れで進める考え方が示されています。
クリニックでもこの流れに沿って、自院の規模や診療科、患者層、地域での役割に合わせて整理すると、実用的なBCPを作りやすくなります。
BCP作成で決める8項目
| 決める項目 | 内容 | 目的 |
|---|---|---|
| 基本方針 | 非常時に自院が何を優先するか | 判断に迷わないため |
| 想定リスク | 地震、水害、感染症、停電、電子カルテ停止など | 備える対象を明確にするため |
| 優先業務 | 続ける診療、縮小する業務、延期する業務 | 限られた人員で診療を維持するため |
| 判断体制 | 院長不在時の対応、代行者、連絡責任者 | 指示系統を止めないため |
| スタッフの役割 | 看護師、受付、事務、非常勤スタッフの行動 | 現場の混乱を減らすため |
| 連絡先 | 病院、薬局、医師会、保健所、業者など | 外部支援につなげるため |
| 代替手段 | 紙カルテ、手書き処方、電話連絡、手作業会計 | システム停止時も最低限動くため |
| 備蓄・設備 | 医薬品、医療材料、感染対策用品、電源、水 | 診療継続に必要な資源を確保するため |
この8項目を整理するだけでも、クリニックのBCPはかなり実用的になります。
反対に、ここが曖昧なまま文章だけを作ってしまうと、非常時に「結局、誰が何をするのか」がわからない計画になってしまいます。
基本方針と想定リスクを決める
基本方針とは、非常時に自院が何を守るのかを示す考え方です。
たとえば、
- 災害時も慢性疾患患者への継続処方を維持する
- 在宅患者への連絡と安否確認を優先する
- 発熱患者と一般患者の接触をできる限り避ける
- スタッフの安全を確保したうえで診療継続を判断する
といった方針が考えられます。
この方針は、診療科や患者層によって変わります。
内科であれば慢性疾患の継続処方、小児科であれば乳幼児や基礎疾患のある子どもへの対応、在宅医療を行うクリニックであれば訪問診療や医療機器を使用する患者への支援が重要になります。
無床診療所の診療継続計画例でも、一般内科、入院なし、院長1名、看護師、事務職員といった前提を置いたうえで、地域感染期にどの診療を継続するかを整理しています。
つまり、BCPは一般論をそのまま当てはめるのではなく、自院の患者層に合わせて作ることが重要です。
あわせて、自院で想定するリスクも決めます。
地震、台風、大雨、浸水、土砂災害、停電、断水、通信障害、感染症、電子カルテ停止、レセコン障害、サイバー攻撃、医薬品や医療材料の不足などを洗い出し、診療にどのような影響が出るかを確認します。
特に水害は、クリニックの立地によって対応が大きく変わります。
ハザードマップを確認し、自院が浸水想定区域や土砂災害警戒区域に入っていないか、1階に重要機器や医薬品を保管していないか、停電時にどの設備が使えなくなるかを確認しておきましょう。
優先業務を決める
BCP作成の中心になるのが、優先業務の整理です。
通常時のクリニックには、外来診療、処方、検査、健診、予防接種、在宅診療、電話対応、会計、レセプト、医薬品や医療材料の管理など、多くの業務があります。
しかし、非常時にはスタッフが不足したり、設備が使えなくなったりするため、すべてを普段どおり続けることは難しくなります。
| 区分 | 考え方 | クリニックでの例 |
|---|---|---|
| A:必ず続ける業務 | 中止すると患者の健康に大きな影響が出る業務 | 慢性疾患の継続処方、急変時の一次対応、在宅患者への連絡 |
| B:縮小して続ける業務 | 通常より範囲や時間を減らして対応する業務 | 予約外来、定期診察、予防接種の一部、電話相談 |
| C:延期・中止できる業務 | 緊急性が低く、後日に回せる業務 | 健康診断、緊急性の低い検査、院内イベント、自由診療の一部 |
無床診療所の診療継続計画の作成例でも、優先すべき診療業務をAからCに区分し、地域感染期でも通常時と同様に継続すべき業務、一定期間であれば縮小できる業務、緊急時を除き延期できる業務に分ける考え方が示されています。
この分類をしておくと、スタッフが少ない日でも「今日はA業務を優先し、Bは縮小、Cは延期」と判断しやすくなります。
判断体制とスタッフの役割を決める
クリニックでは、院長に診療判断や経営判断が集中していることが多くあります。
しかし、災害時には院長が出勤できない、連絡が取れない、感染やけがで診療できないという状況も考えられます。
そのため、院長不在時に誰が連絡調整を始めるのか、誰が患者へ休診や診療時間変更を伝えるのか、誰が業者や医師会へ連絡するのかを決めておく必要があります。
| 場面 | 決めておく内容 | 担当例 |
|---|---|---|
| 院長と連絡が取れない | 一定時間後に誰が連絡調整を始めるか | 事務長、看護師長 |
| 院長が出勤できない | 休診、時間短縮、代診依頼の判断手順 | 院長代理、非常勤医師、事務責任者 |
| スタッフが不足している | どの業務を縮小するか | 院長、看護師責任者、受付責任者 |
| 電子カルテが使えない | 紙運用へ切り替える基準 | 院長、事務担当、システム担当 |
| 患者へ案内が必要 | ホームページ、電話、掲示、予約システムでの周知 | 受付、事務 |
スタッフごとの役割分担も整理しておきます。
看護師は患者対応や医療材料確認、受付は患者案内や予約変更、事務は連絡先管理や業者連絡など、職種ごとに行動を決めます。
人数が少ないクリニックでは、1人が複数の役割を担うこともあるため、担当者だけでなく代行者も決めておくことが大切です。
代行者の設定があるだけで、欠勤者が出たときの混乱を減らせます。
連絡先リストを整備する
連絡先リストは、BCPの中でも実際に使う頻度が高い項目です。
スタッフ、非常勤医師、近隣病院、医師会、薬局、訪問看護ステーション、介護事業所、保健所、自治体、医薬品卸、検査会社、電子カルテ会社、レセコン会社、清掃業者、廃棄物処理業者など、非常時に連絡する可能性がある相手を一覧にしておきます。
無床診療所の作成例でも、院内連絡網、医薬品取扱業者リスト、委託業者リスト、行政機関や医療機関などの連携機関リストを別紙として整理する構成が示されています。
連絡先は作成して終わりではなく、担当者変更や電話番号変更に合わせて更新することが必要です。
紙で印刷しておく場合も、古い情報が残らないように版数や更新日を入れて管理すると使いやすくなります。
電子カルテ停止時の代替手段を決める
電子カルテやレセコン、予約システムが止まると、受付、診察、処方、会計、請求業務に影響が出ます。
| 項目 | 決めておくこと | 準備物 |
|---|---|---|
| 受付 | 患者氏名、生年月日、連絡先、保険情報の記録方法 | 紙の受付票、筆記具 |
| 診察 | 主訴、所見、診断、処方内容の記録方法 | 手書きカルテ用紙 |
| 処方 | 手書き処方箋の運用、薬局への連絡方法 | 処方箋用紙、薬局連絡先 |
| 会計 | 概算会計にするか、後日精算にするか | 会計記録表、領収メモ |
| 復旧後 | 誰が、いつまでに、どの情報を入力するか | 入力担当表、確認リスト |
| ベンダー連絡 | 障害受付、復旧見込み、バックアップ確認 | 緊急連絡先一覧 |
電子カルテ停止時に重要なのは、「紙で診療した記録を後でどう戻すか」です。
復旧後の入力ルールが決まっていないと、記録漏れ、二重入力、処方内容の確認漏れが起こる可能性があります。
備蓄・設備・重要書類を確認する
BCP作成では、非常用電源、懐中電灯、モバイルバッテリー、飲料水、感染対策用品、処置に必要な医療材料、常用する医薬品、紙カルテ用の用紙、筆記具など、診療を続けるために必要なものを洗い出します。
| 分類 | 確認するもの | 注意点 |
|---|---|---|
| 電源 | 非常用電源、モバイルバッテリー、乾電池 | 充電状態と使用可能時間を確認する |
| 水・衛生 | 飲料水、手指消毒剤、ウェットシート | 断水時の手指衛生を考える |
| 感染対策 | マスク、手袋、ガウン、フェイスシールド | 使用期限と在庫量を確認する |
| 医薬品・医療材料 | 常用薬、処置薬、注射針、ガーゼ、検査キット | 在庫量と代替発注先を確認する |
| 紙運用 | 受付票、手書きカルテ、処方箋、会計記録表 | 保管場所をスタッフ全員が把握する |
| 重要書類 | 連絡先、契約書、保険関係書類、業者情報 | 浸水しにくい場所に保管する |
特に1階に医薬品や機器を保管しているクリニックでは、浸水時に使えなくなる可能性があります。
水害リスクがある場合は、重要書類、医薬品、電子機器、バックアップ媒体を高い場所へ移すルールを作っておくと安心です。
BCP作成時に使えるチェックリスト
| チェック項目 | 確認内容 | 状況 |
|---|---|---|
| 基本方針 | 非常時に優先する診療を決めている | □ |
| 対象リスク | 地震、水害、感染症、停電、電子カルテ停止を想定している | □ |
| 優先業務 | A:継続、B:縮小、C:延期に分類している | □ |
| 判断体制 | 院長不在時の連絡調整者や患者案内担当を決めている | □ |
| 連絡先 | スタッフ、病院、薬局、医師会、保健所、業者を一覧化している | □ |
| 電子カルテ停止 | 紙運用、手書き処方、復旧後入力の手順を決めている | □ |
| 備蓄 | 医薬品、医療材料、感染対策用品、水、電源を確認している | □ |
| 更新日 | BCPの作成日、改定日、次回見直し日を記録している | □ |
まずは、基本方針、優先業務、判断者、連絡先、電子カルテ停止時の代替手段を整理するだけでも、非常時の対応力は高まります。
大切なのは、自院の診療科、患者層、スタッフ数、立地、連携先に合わせて、現実的な内容にすることです。
作成したBCPを実際に使える計画にする方法
クリニックのBCPは、作成して保管するだけでは十分ではありません。
非常時に本当に役立つ計画にするためには、スタッフが内容を理解し、実際の場面を想定して動ける状態にしておく必要があります。
厚生労働省のBCP訓練資料でも、BCP策定後は事前対策や教育・訓練を行い、PDCAサイクルを回して継続的に改善することで、実効性の確保・維持・向上を図る考え方が示されています。
スタッフ全員にBCPを共有する
BCPは、院長や事務長だけが内容を把握していても機能しません。
非常時には、受付スタッフが患者からの問い合わせに対応し、看護師が医療材料や感染対策用品を確認し、事務スタッフが予約変更や業者連絡を行う場面があります。
そのため、職種ごとに「自分は何をするのか」がわかる形で共有することが大切です。
| 職種 | 共有しておきたい内容 | 確認方法 |
|---|---|---|
| 院長 | 診療継続、休診、紹介、搬送、再開の判断基準 | BCP本文と判断フローを確認 |
| 看護師 | 患者対応、医療材料確認、感染対策、紙運用時の診療補助 | 朝礼や定例会で確認 |
| 受付・事務 | 患者案内、予約変更、電話対応、業者連絡、会計記録 | 想定問答や連絡先リストを確認 |
| 非常勤スタッフ | 出勤可否の連絡方法、非常時の勤務判断 | 契約更新時や勤務開始時に説明 |
スタッフへの共有では、長い文章を読ませるだけでは不十分です。
非常時にすぐ確認できるように、A4用紙1枚の簡易版、職種別の行動表、連絡先リスト、電子カルテ停止時の紙運用手順を用意しておくと使いやすくなります。
机上訓練で「実際に動けるか」を確認する
机上訓練とは、実際に患者を移動させたり診療を止めたりするのではなく、「もしこの状況が起きたらどう動くか」をスタッフ同士で確認する訓練です。
厚生労働省の訓練資料では、状況予測型の机上訓練として、大まかな想定をもとに、状況の予測、自らの対応、悩みや課題を書き出し、その内容を評価・検証する方法が紹介されています。
クリニックでは、次のようなテーマで机上訓練を行うと現実的です。
- 大型台風の接近により、翌日の午後から大雨が予想されている
- 朝の診療開始前に電子カルテへログインできない
- 院長とスタッフ1名が出勤できない
- 停電により予約システムと電話が使いにくい
- 感染症流行により、発熱患者からの問い合わせが急増している
- 在宅患者の家族から「酸素機器が止まりそう」と連絡が入った
机上訓練では、正解を出すことよりも、どこで迷うのか、誰に確認が必要なのか、連絡先がすぐ見つかるのかを確認することが重要です。
訓練で迷った点は、BCPの改善ポイントになります。
水害・電子カルテ停止・在宅患者対応を重点的に確認する
水害リスクがあるクリニックでは、避難、籠城、診療縮小の判断基準を事前に決めておくことが必要です。
台風や大雨は、地震と違ってある程度前から情報を得られることがあります。
気象情報、自治体の避難情報、公共交通機関の運休予定などを確認しながら、診療時間の短縮、予約患者への連絡、在宅患者への事前確認、スタッフの帰宅判断を行う流れを作っておくと、直前の混乱を減らせます。
| 状況 | 確認すること | 行動例 |
|---|---|---|
| 台風・大雨の可能性がある | 診療を通常どおり行うか、短縮するか | 気象情報を確認し、予約患者へ早めに連絡する |
| 浸水のおそれがある | 機器や書類を移動するか | 電子機器、医薬品、連絡先リストを高い場所へ移す |
| 電子カルテが使えない | 紙運用へ切り替えられるか | 受付票、手書きカルテ、処方記録表を使う |
| 在宅患者に影響がある | 訪問継続、家族支援、医療機器の使用状況 | 訪問看護、ケアマネジャー、業者と情報共有する |
電子カルテ停止時の訓練では、実際に電子カルテを止める必要はありません。紙の受付票、手書きカルテ、処方記録表、会計メモを使って、流れだけを確認する方法でも十分です。特に復旧後に誰が紙記録を電子カルテへ入力するのかを決めておくことで、記録漏れや二重入力を防ぎやすくなります。
在宅患者や慢性疾患患者への対応も、実効性のあるBCPに欠かせません。無床診療所の診療継続計画の作成例では、慢性疾患患者を、従来どおりの頻度で診療すべき患者と、診療間隔を延期できる患者に分ける考え方が示されています。
クリニックでも、定期処方が必要な患者、医療機器を使用している患者、独居高齢者、訪問診療中の患者などを事前に整理しておくと、非常時の連絡や優先対応がしやすくなります。
地域連携をBCPに組み込む
クリニックのBCPは、自院だけで完結しません。自院だけで患者を支えきれない場合、近隣病院、医師会、薬局、訪問看護、ケアマネジャー、保健所、自治体との連絡が必要になります。
| 連携先 | BCPに入れる内容 | 確認タイミング |
|---|---|---|
| 近隣病院 | 紹介先、搬送相談、受け入れ可否の確認方法 | 年1回以上 |
| 地区医師会 | 地域の診療体制、代替診療、災害時の連絡方法 | 研修・会議時 |
| 薬局 | 処方薬の在庫、営業状況、FAX・電話の代替手段 | 半年〜年1回 |
| 訪問看護・ケアマネジャー | 在宅患者の安否確認、訪問継続、情報共有 | 患者情報更新時 |
| 保健所・自治体 | 感染症、避難情報、地域支援、物資情報 | 通知・訓練時 |
| 医療機器業者 | 酸素、在宅医療機器、メンテナンス対応 | 契約更新時 |
地域連携をBCPに入れておくことで、自院で対応できない患者を適切な支援につなげやすくなります。これは、患者の安全を守るだけでなく、クリニックのスタッフを孤立させないためにも重要です。
BCPの見直しタイミングを決める
BCPは、作成後に定期的に見直す必要があります。見直しをしないまま放置すると、退職したスタッフの名前が残っている、電子カルテ会社の連絡先が古い、備蓄品の期限が切れている、連携先の担当者が変わっているといった問題が起こります。
| 見直しタイミング | 確認する内容 |
|---|---|
| 年1回の定期点検 | 全体の内容、連絡先、備蓄、役割分担 |
| スタッフの入退職時 | 連絡網、役割分担、代行者 |
| 電子カルテやレセコン変更時 | バックアップ、紙運用、ベンダー連絡先 |
| 診療時間や診療科変更時 | 優先業務、患者案内、スタッフ体制 |
| 在宅患者が増えた時 | 優先連絡患者、訪問継続、外部連携 |
| 訓練を行った後 | 訓練で出た課題、改善点、手順の修正 |
| 災害や障害を経験した後 | 実際に困った点、想定と違った点、再発防止策 |
見直した内容は、必ず記録しておきます。作成日、改定日、改定理由、変更箇所、次回見直し日を残しておくと、どれが最新版なのかがわかりやすくなります。
BCP運用チェックリスト
| チェック項目 | 確認内容 | 状況 |
|---|---|---|
| スタッフ共有 | 院長、看護師、受付、事務がBCPの内容を理解している | □ |
| 簡易版の準備 | A4一枚の行動表や連絡先リストを用意している | □ |
| 机上訓練 | 年1回以上、想定シナリオを使って確認している | □ |
| 紙運用訓練 | 電子カルテ停止時の受付、診察、処方、会計を確認している | □ |
| 水害対応 | 診療短縮、休診、機器移動、患者連絡の基準を決めている | □ |
| 在宅患者対応 | 優先連絡が必要な患者を整理している | □ |
| 地域連携 | 病院、薬局、訪問看護、保健所、医師会との連絡先が最新である | □ |
| 備蓄点検 | 医薬品、医療材料、感染対策用品、水、電源を確認している | □ |
| 改定記録 | 作成日、改定日、変更点、次回見直し日を記録している | □ |
クリニックのBCPは、最初から完璧である必要はありません。
むしろ、最初は簡単な内容でも、実際に訓練し、スタッフから意見を聞き、少しずつ改善していくほうが現場に合った計画になります。
重要なのは、非常時にスタッフがすぐ確認できること、患者へ説明できること、連携先へ連絡できること、最低限の診療を続ける方法があることです。
作って終わりにしないことが、クリニックのBCPを本当に役立つ計画にするための最大のポイントです。
定期的な見直しと訓練を続けることで、BCPは患者、スタッフ、地域医療を守る実践的な備えになります。
まとめ
クリニックのBCP作成では、非常時に診療を完全に止めないための現実的な判断基準を整えることが大切です。
BCPは、地震や水害などの自然災害だけでなく、感染症、停電、断水、電子カルテ停止、サイバー攻撃などにも備える計画です。
作成時には、自院の基本方針、想定リスク、優先業務、院長不在時の判断体制、スタッフの役割、外部連絡先、電子カルテ停止時の紙運用、備蓄・設備を整理します。
そのうえで、スタッフ全員に共有し、机上訓練や紙運用訓練を行い、課題が見つかったら内容を更新することが重要です。
まずは、完璧な計画を目指すのではなく、自院で本当に必要な診療を守るための備えから始めましょう。
患者、スタッフ、地域医療を守るために、クリニックの実情に合ったBCPを継続的に整えていくことが大切です。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
